エルフの日々

誰にも「約束」された場所があり・・そして誰もがそこを目指して一生懸命歩いてる
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主よ人の望みの喜びよ3

  主よ人の望みの喜びよ3


  青葉祭りに雨が降らなかった記憶がない。
バブル時代に独眼竜正宗に肖って復活した祭り。
どこか冷めた感覚になるのは、雨のせいばかりではない。
桜が終わると、仙台は一斉に新緑の季節になる。
定禅寺通りも青葉通りも勾当台も西公園も、萌黄色の季節である。
仙台の街が最も美しく映える日々。
皐月とはそんな季節だ。


 青葉祭りで賑わう街の一角で、県内放射線市民測定所4ヵ所が主催する講演会が開かれていた。
反原発やイデオロギーを振りかざす団体とは違う純粋な市民グループが、その講演会に協力した。
何もかもが、生活者たる市民の手によって開かれた講演会。
会場の中は熱気とこれからのこの地での生活を考え、そして子供達の将来を見据えようとする人々で溢れていた。
外の祭りの熱気と講演会の熱気。
そのどちらもこの地で人々が営む活動に変わりはない。
例えそのコントラストが明と暗であっても、例えその思考のベクトルが反対であっても、この地でまだ人々が生活し活動している事に変わりはない。
今年の青葉祭りは晴天であった。


 秋生大滝から上流の二口渓谷の渓魚の採取が制限された。
仙台市の飲料水供給の要である大倉ダム上流の大倉川で岩魚の採取が制限された。
山の入り口には、山菜採取を控えるよう看板が立てられている。
たけのこ、蕨、こしあぶら、たらのめ、うど、ぜんまい、こごみ。
測定所の結果は惨憺たる数値である。
露地物野菜の殆どから何らかの汚染数値が出るが、土を落とし、土に接している部分を取り去ると汚染は国際基準並みに軽減する。
何処までが安全なのか、何が危ないのか、生活者の私達は知らない。
内部被爆の権威であっても、何bqが安全なのか明確には答えない。
私達の生活を、この地での生活を確かにするために何が必要なのか。
「解らない。」と応える専門家を最も信頼しなければならない原状こそ憂いる。


 仙南に土地を購入した知人。
30年のローンを組んだのに、建設予定地の土壌汚染は放射線管理区域なみであった。
マイホームの建設が進むにつれ、ため息の回数が増える。
ハイシーズンを迎えた仙台湾。
釣り船を営む知人は、予約の電話が鳴らないことに苛立つ。
1年かけて復興させた生きる糧。
鱸も平目も根魚も皆採取に制限が出された。
怒りは、誰に向ければいいのだろうか。
親の代から引き継いだしいたけ栽培。
米作と野菜としいたけだけで生計を立ててきた。
例年より豊作で出来栄えのいいしいたけは、果たして全滅した。
出荷自粛となったからだ。


 ゴールデンウイークに被災地支援のつもりで来てくれた観光客。
帰りの高速サービスエリアのゴミ箱は、そんな被災地のおみやげが大量に捨てられていた。
ところで、捨てていった人々の住む地域が、この地よりも汚染度合いが高い事を知っているのだろうか。心無く蒙昧なる行為。
震災・津波瓦礫を九州で処理するらしい。・・意味が不明である。
震災復興は中央から資金が供給され、中央が吸収していく。何が何だか解らない。
食品放射線測定機器の性能は、行政のそれより民間の市民測定所の方が遥かに精度が高い。
環境の調査は、その手法さえ確立されていない。
最近、除染は移染と呼ばれているらしい。
巨額の費用をかけた壮絶な無駄。背景にある思考とは如何に。


 混沌に更に不純物を混入したようなこの時代。
昨年は生きることに精一杯だったけれど、実はその現実は何も変わってはいない。
確かな事は、他者に頼る事なく、自らの生活を自らが構築していかなければならない事。
道化の様な振る舞い、責任を取れない子供の様なおやじ達。
この地をこれ以上辱める行為こそ、私達生活者の敵である。


萌黄色の皐月に、ため息と歯軋りは似合わない。
明日は、笑って仕事しよう。きっと。そうきっと。

2012.05.28 Monday 21:17 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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