エルフの日々

誰にも「約束」された場所があり・・そして誰もがそこを目指して一生懸命歩いてる
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今年のこと・来年のこと

今年のこと・来年のこと


平成23年。
我々フォーレストグループは、飛躍を約束されていた。
彼岸のフランチャイズサテライトが、合同会社地域ケア開発機構により始動し、6月には第一号の起業者を出すはずだった。
ここまで10年。
独りで歩き始めた時代から、夢を具現化するために走り続けた季節の結実。
一人一人の仲間たちが繋がり、新しい地域ケアを未来に向けて放てたはずだった。


あの日。あの日が来るまでは。


人知の及ばぬ所業。
人間の小ささなどとそんな悠長さは、感情の外にある。
圧倒的な理不尽。圧倒的な悲劇。
どんな形容詞でも追いつかない。
この世界を引き裂き、もう一度すべてを荒野に帰す所業。
ふざけている。 それはふざけすぎていた。
それが今年。東日本大震災だった。


ナビテレビの小さな画面に映された名取川河口を遡る津波。
一瞬で東サテライトに意識が飛んだ。
地震で崩れさったスパーに駆け込み、店に頼み込んで、ありったけの食料をダンボールにつめながら、沿岸部を走る訪問部隊を思った。
次々に浮かぶ最悪の状況。
本体司令塔が静岡に居ることを考えれば、一刻も早く、岩切のコクピットに戻らなければならなかった。


あの時、スタッフが皆無事でいてくれたことに感謝している。
誰も犠牲にならず、大きな怪我もせず、「大丈夫です。」と言ってくれたこと。
そして、職場を放棄せず、利用者や家族を想い、共に行動し、自らより他者を優先した行動を何より誇りに思う。
そしてその後全国から寄せられた沢山の支援。
その支援のお陰で我々は起動できたし、そして地域に物資を届けることができた。
寄せられたその想いにこれからも応えたい。「感謝」の言葉だけでは到底足りない。


「確かな明日作戦」が始動したのは、まだ街が復旧する前だった。
フィールドからの情報を皆で分析し、その対策を講じた。
自らが起動することと、現状を改善するのと並行して、全国からの支援を地域に運んだ。
岩切本社は一時、20名体制で生活することになる。
通勤するスタッフは、乗り合い送迎車で出社し、徒歩や自転車で地域を周った。
「災害時安否確認レベル表」は、その後余震や秋の台風の時に大いに貢献した。
3ヵ月毎に実施する「生活ニーズ調査」は、刻々と変化する地域の状況を露出させた。
必要と考えられる備蓄はいつでも地域に放出し、我々の業務を支援するだろう。
次々に降りかかる障害は、各事業部の連結を強化し、専門職間の連携とは如何なるものかを教えてくれた。


9ヵ月の期間で傷は癒えたのか。
守るべきものは、確かに守られているのか。
明日に向かって確かに飛びたてるのか。
我々が置かれている状況が、容易く変わるわけもない。
長く続く耐久レースに、仲間が倒れていった。
早朝出勤と夜なべして作った千羽鶴。
2人の主任の机の上は見たこともない程片付いている。
感情を制御できない時がある。不安に怯え、眠れぬ夜がある。
どうしたら「確かな明日」が見えてくるのか足掻く毎日。
私達は、そんな場所に居る。


県内及び被災地と呼ばれる地域は、猛烈な人口動態が起こっている。
復旧を復興と言葉換えても、変わらぬ環境。
仮設住宅に通えば通うほど募る重い想い。
事は阿武隈以南の話ではない。
次々に明らかになる福島第一原発事故の後遺症。
「知らない」では済まされない脅威が、そこにある。


生き残った者として、その義務を全うしたい。
次の時代を担う若い人達を守らなければならない。
医療・介護が立脚できる確かな足場を創っていくこと。
不安と疲労と戦いながら、長く続く私達の「確かな明日作戦」を遂行していきたい。
フォーレスト計画と、それに内在するサテライト計画を慎重に進めながら、次の時代に備えたい。
それが我々に与えられた存在意義と想う。


厄災と苦境の平成23年が間もなく終わる。
痛みと疲労に鈍磨した心と身体を癒しながら、我々は新しい年を迎える。
定かならざる「明日」だけれど、未来が垣間見える来年にしたい。
心からの感謝と決して独りではないという温かな想いを胸に、「明日」を迎えよう。

2011.12.16 Friday 20:58 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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