エルフの日々

誰にも「約束」された場所があり・・そして誰もがそこを目指して一生懸命歩いてる
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閑話休題

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閑話休題 
〜書評:「真実のカルテ」半田 康延責任編集;本の森〜


  言葉にならなかった。
医療人として、一人の人間として、とにかく熱く込み上げてくる想いがあった。
読後、しばらくはその「想い」に言葉なく、思考が支配された。
・・・
 仙台市北稜クリニックでの事件を知らない者は居ない。
地元で起こった医療関係事件であり、その事件の異様な様相と、そして長く続いた裁判。
リハビリテーション関係の仕事についていれば、北稜クリニックが当時華々しい研究成果を基に実施していたFES(機能的電気刺激治療)による新しい中枢神経損傷治療に注目しないわけにはいかなかった。
そんな次世代に繋がる研究の中枢で起こった凄惨な事件。
事件後、FESは語られる事もなくなり、時代の向こうに忘れられている。
この本は、その事件の当事者であったクリニック副院長半田郁子医師の当時の手記である。
2000年10月の事件の発端から、2001年3月クリニック閉院までの経緯。
そこで何が起こったのかは知っていたつもりだが、そこで何があったのかは全く知らなかった。
医療人としての矜持。責任。患者さん達への想い。深い絶望と悲しみ。世論と言う凶器。
憎悪と温情。屈辱と断崖。・・・・
事件の中心に居るのは犯人と被害者ではあるが、正にその渦中の責任を一身に受けられた一人の医師の苦悩と屈辱が、読む者の心を揺さぶり離さない。
何故今般の出版なのか。
もっと早い段階で、全てを失ってしまう前にこの手記が発表されてもよかったのではないか。
そんな勝手な想いが湧き上がる。
裁判前に犯人弁護団が出版した書籍には到底到達できない説得力がそこにはある。
・・・
 読む者の読み方によって、この本の意味は左右されるだろう。
ある者は、純粋に事件顛末として。ある者は、社会的意義として。ある者は、この国のマスコミを中心とした社会狂気のサンプルとして。
しかし何れの者にあっても、恐らく共通の感情と確信は持つはずである。
そしてその「共通の感情」と「確信」の向こう側に、等しく心を揺さぶられる。
・・・
この事件の結果、未来に繋がる偉大な研究が閉ざされている。
それは、事件の犠牲になられた被害者の方やそのご家族だけではなく、遍く研究成果を期待した患者さん達全ての犠牲でもある。
犯人の罪は償っても償いきれないが、同時にその研究の徒を葬った我々社会の罪は如何に。
本来開かれていたかもしれない未来を閉ざしたのは、いったい誰なのだろう。
これを期に、もう一度夢の研究の続きが再考されないものだろうか?
一人の医師による自らの責務と矜持により果たされた帰結が、悲しい結末しか生まないのであれば、私達の社会とは如何なるものなのだろうか?
・・・
一読をお勧めする。
切に、お勧めする。
                                                                             エルフ

2010.04.02 Friday 18:40 | comments(1) | trackbacks(0) | 
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華子 (2010/04/05 8:12 PM)
「真実のカルテ」、読みました。
雪の降る中、たくさんの報道陣がクリニック前や付近の住宅にいたのを仕事帰りの車から見て驚いたのを思い出しました。そして当時は、いろんなところから、いろんな話が出ていました。だから今回、この本を読むことができてよかったです。