エルフの日々

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連携ケーススタディ9【ニーズ分類とは何か?パート2】

JUGEMテーマ:介護
【地域ケアマーケットセグメント】・・ニーズ分類とは何か?〜ICFなどあっち行け!!
パート2総論
 
 「医療と介護の連携」、「急性期から維持期までの淀みないケア」、「職種間連携」等医療介護分野の世界で言われて久しい。立派な文献等の文末には決まり文句の様に必ず添付されるキーワードである。
しかし、これらのまるで掛け声の如くの決まり文句が現実に十分機能している事は稀である。
皆が、必要な事若しくは目指すべき方向なのは理解していても阻む何者かが居る。
ラジカルな言い方をすれば、現実に機能しないものは一度疑った方がいいのではないだろうか?
・・・
地域ケアに於ける新しい思考が必要?
 病気や怪我で医療機関にお世話になる。これは当然の事だし、誰も疑わないだろう。
医療機関では、病気や怪我を治療し、生命を守り、身体を回復させようとする。
治療にあたっては、最善の方法を医師をはじめとした医療従事者が患者と共に選択し、管理体制の中で目的を遂行する。ここではサービス(治療)提供の目的は、消費者(患者・家族)の目的に合致している。又、そうでなければならない。
故に、我々の取り決めた障害分類(ICF?)に合わせたサービスが供給されても許容される。
しかし、一旦医療機関を出た場合、果たしてサービス提供者と消費者の目的は一致しているのだろうか?現場で起こる悲喜こもごもの出来事は、ICFには決して合致しない。
医療機関等では徹底した管理が必要だが、その管理は病気や怪我に対する管理であって、消費者の生活に留意はしても決して介入はし得ない。
故に医療機関から一旦出てしまえば、如何なる状況がそこにあろうとも、必然として生活主体のサービス提供思想が必要になる。
「生活リハビリ」なる難解なる言葉が一時持て囃されたが、その思考を十分具現化した環境が現在存在するとは言えない。
生活を決定する因子が単純にADLに終始するものではなく、まして多岐に渡る生活条件と我々側の分類(ICF)が個々に合致しないのだから、それは当然なのである。  
多様な生活環境や消費者である患者・ご家族の必要性に応えるためのシステムが必要であるが、
残念ながら現在の医療・介護分野の思考は制度から紡ぎだされた事業が主体である。
当たり前の話しだが、制度保障と行政負担を考えると、事業サービスそのものを画一化したモデルにするか、報酬に制限を加える事で制度設計されてしまう。
地域ケアは、障害の重症度・障害の種類・家族機能・地域性と言った異なる環境ベクトルから消費者個々の必要性に合致した方向性をこそ要する。
しかしながら、画一化されたサービスモデルはその対応に合致しなくなるばかりか、本来得られるはずの帰結も生まない。延々と介護負担の軽減とレスパイトを前提としたサービスが連続するだけである。
・・・
社会背景と現状は?
  現在、医療機関に入院する日数は限られたものになっている。
急性期・回復期・維持期などと悠長な障害時間区分的発想では追いつかない現状がそこにある。
既に、急性期から在宅を強いられる人々は相当数にのぼり、回復期病棟や老人保健施設が果たせる役割も形骸化し始めている。
実はこういった生活に繋げる役割を持つシステム群こそリニュウアルが必要なのだが、一向に改革の兆しがない。
又急性期の状態の人々を受け入れられるだけの機能も能力も在宅支援事業群には乏しい。
必然として、消費者である患者・ご家族の負担と制度コストだけが上昇してしまう構図がそこにはある。
社会的要請とサービス提供者との間に激しいギャップが生じている事を自覚するべきである。
本来目を向けなければならない事に気がつかないまま、我々自身が勝手に分類した障害状況を当てはめ、多様に変化する生活環境の改善策も持たずに、一体我々の存在意義とは何処にあるのだろうか?少なくとも、家族機能を言い訳に、転機先が決定されている社会環境をこそ憂い、自ら敗北を認めるだけの潔さくらいは持ち合わせていたい。
・・・
地域ケアの混乱そして新しい方向性
 入院期間の短縮化や老人保健施設等のホテルコストの導入以降、在宅で療養される方々が増加している。これは介護保険領域のみならず、子供達から若い世代でより顕著である。
奇しくも元の社会に復帰できたと言う意味では、皮肉だが正当な流れになったのかもしれない。
しかし地域での現状は矛盾と不条理に満ちている。
我々サービス提供者も、自らの足場さえ危うい状況が続き、且つ社会構造の変化に対応するだけの力の拠り所を失くしている。不幸で不条理ではあるが、言い換えれば変化の時代なのだろう。

さて。
サービス提供者と消費者である患者・ご家族との間で如何なる目的共有が可能なのか。
その共有なくして、地域ケアの本来の進化は在り得ない。
もう一度批判を恐れず、声を潜めて叫ぶならば、「地域ケアなど疑え!」と言うところか。
私達は、そこに新しい思想を見出そうとしている。
我々の障害分類や制度で企画された発想ではなく、もっと消費者サイドに立ったサービス提供ができないだろうかと考えたのである。
以前にも書いたが、我々のニーズ分類は利用者データベースから抽出した個々の要求を、
一定のカテゴリーで仕分けしただけのものである。
しかしこの仕分けしただけの分類で提供サービスを思考すると、明らかに個々の生活者の生活に寄与することが可能であった。
又どんな問題に何をしたかが明確なために、その効果を十分ではないにしても判定したり考察する事ができた。
自らの役割が明確になり、他の職種と目的を共有し、連携した思考で目的追求可能であった。
勿論支援目標は複数になり、単独職種や単独事業ではその目的は達成されない。
本当の意味で、「多職種連携」・「多事業連携」・「シームレスケア」など地域ケアの合言葉を、沢山のサービス提供仲間と共有できたのである。
最も、零細弱小企業の忙しい業務の合間に、皆でコツコツ紡いだ分類や方向性は完成に程遠い。これからも協力してくれる総ての人たち、団体と協力して研究を進めるつもりでいる。
・・・
 これまで、事例を考察しながら、弊社身障タイプのニーズ分類を考えて来た。
我々の生業は、サービス業である。
サービス業ならば、消費者が何を求め、何を必要としているのか、それを常に時代の変遷と共に追求し続ける事が要求される。
マーケットが何を要求しているか定かでない事業群こそ何れ社会から消滅するのだろうし、絶えずマーケットをセグメントする気概と勇気を我々は持つ必要がある。
言い換えればそれは、「地域ケア生活者マーケットセグメント」
それが、我々のニーズ分類である。

パート3各論につづく・・

2010.02.12 Friday 18:20 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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