二人の時間 〜私たちは何をしなければならないのか2〜
ゆっくりと過ぎているようで、彼女と彼の時間はそう長くはないだろう。
漸く彼女の元に戻ったというのに。彼女だけの彼になったというのに。
彼は、以前のように彼女に話しかけたり、触れることはない。
わずかに動く瞼のサインだけで自分の意思を伝えようとする。
それが唯一彼の意識と彼女を結んでいる。
もう二度と動くことのない彼の手は、しかし暖かい。
もう二度と立てないはずなのに、しかし彼の脚は彼女には重い。
二度と言葉を発しない唇は、彼女が湿らせなければすぐに乾いてしまう。
それでも、彼女の言葉を耳で聞いて、わずかに重そうな瞼を動かす。
注意して見ていれば、唇の端が笑っていたり、怒っているように見える時がある。
少しの時間だけど、大きな車いすに乗せて小さな庭を見せると、眩しそうな顔をする。
コーヒーは飲めないけれど、においを感じればいい顔に見える。
彼らが置いていったラジカセで、好きな歌を聴いている。
夜は二人とも怖くて不安になるからと、小さな灯りも置いていってくれた。
二人で居れば怖くはないから灯りはたいてい必要なかったけれど、
何度もしなければ ならない吸引には便利だった。
春に華を観た。夏に蚊取り線香と花火のにおいを嗅いだ。
秋に虫の音を聞き、冬に訪れる親しい人たちの声を聞いた。
徐々に変わっていく彼の傍で、小さな出来事に一喜一憂して過ぎていく二人の時間。
少しずつ小さくなる彼の意識の反応は時に二人を不安にするけれど、
その反応がどうであれ二人が繋がっている生活の時間に変わりはない。
見て、聞いて、嗅いで、触れて。何に喜び、何が苦痛で、どこに希望を持つのか。
二人の時間の中で醸し出されていく理解と共感。
来年の華を観られるだろうか。子供たちのはしゃいだ声につつまれるだろうか。
コーヒーの香りをいつまで感じていられるだろうか。
でも、何より二人で繋がる時間がずっと続くことを二人は望んでいる。