エルフの日々

誰にも「約束」された場所があり・・そして誰もがそこを目指して一生懸命歩いてる
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二人の時間

二人の時間 〜私たちは何をしなければならないのか2〜

 

 

ゆっくりと過ぎているようで、彼女と彼の時間はそう長くはないだろう。

漸く彼女の元に戻ったというのに。彼女だけの彼になったというのに。

彼は、以前のように彼女に話しかけたり、触れることはない。

わずかに動く瞼のサインだけで自分の意思を伝えようとする。

それが唯一彼の意識と彼女を結んでいる。

 

もう二度と動くことのない彼の手は、しかし暖かい。

もう二度と立てないはずなのに、しかし彼の脚は彼女には重い。

二度と言葉を発しない唇は、彼女が湿らせなければすぐに乾いてしまう。

 

それでも、彼女の言葉を耳で聞いて、わずかに重そうな瞼を動かす。

注意して見ていれば、唇の端が笑っていたり、怒っているように見える時がある。

少しの時間だけど、大きな車いすに乗せて小さな庭を見せると、眩しそうな顔をする。

コーヒーは飲めないけれど、においを感じればいい顔に見える。

 

彼らが置いていったラジカセで、好きな歌を聴いている。

夜は二人とも怖くて不安になるからと、小さな灯りも置いていってくれた。

二人で居れば怖くはないから灯りはたいてい必要なかったけれど、

何度もしなければ ならない吸引には便利だった。

 

春に華を観た。夏に蚊取り線香と花火のにおいを嗅いだ。

秋に虫の音を聞き、冬に訪れる親しい人たちの声を聞いた。

徐々に変わっていく彼の傍で、小さな出来事に一喜一憂して過ぎていく二人の時間。

 

少しずつ小さくなる彼の意識の反応は時に二人を不安にするけれど、

その反応がどうであれ二人が繋がっている生活の時間に変わりはない。

見て、聞いて、嗅いで、触れて。何に喜び、何が苦痛で、どこに希望を持つのか。

二人の時間の中で醸し出されていく理解と共感。

来年の華を観られるだろうか。子供たちのはしゃいだ声につつまれるだろうか。

コーヒーの香りをいつまで感じていられるだろうか。

 

でも、何より二人で繋がる時間がずっと続くことを二人は望んでいる。

2019.02.21 Thursday 04:27 | comments(0) | trackbacks(0) | 

二人の夏

二人の夏 〜私たちは何をしなければならないのか1〜

 

 

晩夏の浜辺で老夫婦が海を見ていたんだ。

 

ご主人は鼻にチュウブを入れていた。 それは、常に彼が酸素を必要としている証でね。

多分、年来の不摂生と肺の老化が原因の病なんだ。 酸素はリュックに入れて、そこから相当の量が彼の肺に強制的に入っていく。

 

滅多に外出なんかできないだろうね。 話しかけるとチュウブを鼻からとって隠してしまった。

プライドの高い方なのだろう。 でも、5分と持たない。 唇がすぐ紫になって、肩で息を始めた。

 

でも奥さんは何も言わない。 よく知っているんだよね、彼を。

 

小さな軽自動車のバックシートには、バスケットと古めかしい釣り竿が置いてあった。

運転席側のシートが極端に前にあったから、彼女が運転して来たのかな。

 

二人で家にばかり居るから、二人とも海が好きだから。 そう。多分二人で出かけようって話になったみたいでね。

二人とも笑っていた。 明日若しくは今夜、彼の呼吸は止まるかもしれないけれど。

 

二人とも笑っていたんだ。 幾年月二人で過ごして来たのか知らない。

けれど、晩夏の海で笑う二人の夏は、永遠に続くように想えた。

 

晩夏の夏にね。

2019.02.07 Thursday 04:52 | comments(0) | trackbacks(0) | 

思想なき世界

 

思想なき世界 

 

誰もがこうなったらいいのにと考えるのに、現実の世界ではそうはならない。

それは、経済的な理由であったり、一部の強力な既得権益者たちの都合であったり、偉いと云われる人たちのプライドであったり、そんな理由が障壁になるのかもしれない。

若しくは、足元しか見えていないからかもしれないし、無知であったり偏った思考や幼さからかもしれない。

何れ、誰かの都合や声高に叫ばれる声に本来持たなければならない方向性や思考が育たず消されてしまうのなら、それは余りに無残である。

 

 

国道45号線を北上すると、大型トラックの往来が激しくなる。

あの日広域に破壊された堤防をさらに嵩上げして造っているのだ。

まるで城壁のように高いその構造物は、あの日襲来した大波に対する恐怖をそのまま映している。

インフラにどれ程予算が使われ、どれ程膨大なエネルギーが費やされているのか。国土を守り、人々をあの大波から守ろうとする思想。しかし、その堤防の背後に町は無く、ただ荒野が横たわっているだけである。

いったい何を守ろうとしているのだろうか。

沿岸で暮らす人々の糧を考えず、そこで生活する条件を考えず構築されていく構造物。

背後の荒野で雑草が風に吹かれる。

 

だから言ったじゃないか。

誰かの都合で決められた基準でいくら安全だと云っても、それは通用しない。

周辺の国々は、私たちが食べているこの地域の産品を買おうとはしない。

日に焼けたあの笑顔と生産者としての誇り。今は何処に行ってしまったのだろう。

ごまかして測定したその結果を風評被害と言い訳して開き直るその思想。

自分に都合のいい情報で商うのではなく、消費者の需要に応えてこその商いなのに。

東電からの補償は産品のブランド力を落とすだけである。

 

国も県も町も全力を尽くして建設した復興住宅。

風景にそぐわない近代的な鉄筋の建物群。

でも仮設住宅で暮らす人々は今も存在している。

家を失い、避難所で生活し、仮設で日々を過ごした人々。

力がある者からそのループから抜け出した。けれど今も残る人々に復興住宅の家賃は高すぎる。

誰のための何のための復興住宅なのだろう。復興とは人々の暮らしを言うのではなかったか。

同じ風景が若い人たちにも起こっている。

教育とは本来この国の次世代のために行われる行為ではないのか。

その次世代に卒業と同時に多額の債務を背負わせるその現実の先にあるもの。

何が大切なことなのか。教育という思想に全く合致しない利得の思想。

大人たちが子供たちから搾取するその思想に未来はあるのか。

 

際限もなく拡張していく同じデザインの街。

まるで誰かが同じ街のコピーを拡げている様な風景。

郊外の巨大スパーマーケット。駐車場の端から端まで歩くだけでいい運動になる。

売られている商品は何処でも皆同じ。同じ物流網から排出される大量の同一規格、同一商品。大量に飼育されている家畜宜しくのマーケット。

行き過ぎた資本主義というマザーボード上で繰り広げられる金融優先思想、利得主義と単なる不動産業思想の生活インフラ。

人の生活を何で計ろうとしているのだろう。

その虚飾された大規模マーケットの陰で、本来人々の生活や地域を支えて来た商店街が廃れている。

 

地域を定義しようとする時、市街地中心部とその周囲を同一には思考できない。

同じく、都市部と郡部を同義には思考できない。まして被災地と呼ばれる地域を理解しようとした時、

その地域に内在する課題を都市部と同義に定義できようか。

そこで暮らす人々の生活を考慮せず、机上で立案されるその場凌ぎの対策。

それはまるで無秩序に拡がっていくコピーされた記号の様な街並み。形成される箱に人々の生活は考慮されていない。

 

 

2011.311以前から社会には矛盾や問題はあった。しかしあれ以来その矛盾や問題は露出し、

隠しきれなくなっている。急激なシステム変更に人々は翻弄され、「それはおかしい」と感じながら「それは違う」とは言えなくなっている。

全体が下り坂を下っているから、どこか昇っている様な錯覚さえ起こしてしまう。

問題は犠牲が弱者だけに留まるのではなく、普通に暮らす人々にまで及ぶ出来事が起こり始めていることだ。

 

眼前に迫る大波を前に、無感覚にスマホ動画を撮る犠牲者と同じ運命が、今の社会にありはしないか。

 

 

ペデルぺスが安楽に過ごせるはずの水中を捨て、焼けるように熱く重さを強いられる陸上に進出したのは何故だろう。

言い換えれば、水中という環境から全く未知の環境に移行しなければならなかった彼らなりのパラダイムシフト。

2011.311が原因ではない。それは大きな出来事ではあったけれど、一つの起因に過ぎない。

随分と以前から、若しくは様々な要因を経て数十年かけて作られてきた流れだったのかもしれない。

我々の水中もまたパラダイムシフトの時に来ているのではないか。

 

そんな漠然とした、しかしある意味確信的に感じる変化に、現在の私たちが思考しなければならないこととは何だろう。

変化していく環境にどう適応しなければならないのだろう。

 

最初に創めることは、現状を理解しつつ、その変化に対応する概念の方向性を見い出すことではないのか。

古い概念に囚われることなく、誰かの都合で決められるのではなく、自ら新しい思想に気が付かなければならないのではないか。

 

美しい風景を隠す城壁のような思考ではない新しい風景が、そこにはあるはずだから。

 

2019.01.21 Monday 05:23 | comments(0) | trackbacks(0) | 

プロローグ〜ペデルぺス計画〜

プロローグ 〜ペデルぺス計画〜

 

 

 酒場の淀んだ空気とオールドジャズが心地いい。

重い科せを強いられて、動かなくなりつつある心と体から一瞬開放される。 少し疲れたのかもしれない。

煙草のけむりの向こうに、様々な風景が見える。

あらゆる局面でパラダイムシフトを迎えようとしているこの世界。漠然としたしかし確かに感じる不安。

あれから7年もたつのに。あれからずいぶんと歩いて来たのに。

確かな明日はそこにあるのか。次世代に責任を持って手わたせる何ものかを生み出せているのか。

その危機意識ですら薄らぐ時間の経過と距離。

私たちは未だ薄明りの世界を彷徨っている。

 

 

あの日をメモリアルにするには、未だ傷が癒えていない。

痛みは形を変えて存在するし、その最中に語られる言葉はどれも軽すぎる。

定かならざる明日は、意識の根底に不安を与え、身体に鞭を打つ。

抽象化された希望に意味はなく、具体的行動の中にしか光はない。

 

託すしかないのだ。 夢を託すしか手立てはない。

 

医療保険や介護保険がその一部しか使えなくなって久しい。 高額の自己負担に、本来必要な医療や介護は滞り、旧来の医療機関や介護保険事業所は破綻するものが少なくない。 激しすぎる人口動態に、社会は為す術なく、途方に暮れた。

一部の高額所得層だけが最先端医療の恩恵を受け、手厚いしかし出来合いの介護サービスを受けることができる。

まるで1世紀ほど昔に戻ってしまったような世界。

元々、人口の4割超の医療や介護を社会が引き受ける事など不可能だったのだ。

加えて、福島第一原発から放出された放射性物質の影響で、人々が健康を害したり、産業の滞りから地域の経済は大きく後退を余儀なくされている。 本来必要な医療や介護は、量的にも質的にも担保する保障を失っている。  

 

 家族が分断され、個としての生活が当たり前の時代。 既にここ数十年で、そんな生活様式を当然とした社会が眼前に拡がっていた。 人は病めば職を追われ、小さき家族の背に負われるしかない。

小さき家族はやはり社会性を失い、光を失くす。 家族・家庭の定義そのものを変えなければならない。失うものが大きすぎる。

 

共同で生活する彼らにとって、家庭は個であるが、生活は個ではない。

小さいけれど個を保障する代わりに、相互に役割を担う。
建物に囲まれた共有スペースでは、車椅子の老人が小さな子供達を視ている。
若い共働き夫婦が帰るまで、共有スペースで過ごす血縁のない老人と孫。
嘗て3世代4世代が暮らした大きな旧家の様相がそこにある。
今夜の晩御飯の担当は、今日が休日のお母さんで、同じ共有スペースで車椅子の子供を視ながら料理している。
ここに来て、夜勤に出るために子供たちを置いて出かけなければならないことなどなくなった。
老人も子供もなく、健常も障害もなく、共有される生活と役割。


朝になると、隣接する療養看護のスタッフがベットごと若しくは車椅子ごと皆を連れて行く。
夕方には迎えにくればいい。痛みなく、不安のない重度の病める人々。
夜中に何か起これば、皆が心配し、皆が最善を尽くしてくれる。
独りで最後を迎える残酷さから隔絶された安息の夜。


歩くための訓練ではなく、もう一度誰かの役に立つためにリハビリに励む人々。
PCを片手で操作できるよう工夫する作業療法士。
覚えた操作で、この共有生活の様子を外の世界に発信する。
賃金によらず、夫々が夫々の役割を持ち寄り、工夫して共同の生活を守る。
介護とは、実は与えられるものではなく、自己を含めた周囲の人々との関わりなのだと気がつく。


企業は、小さな共同生活を守るために何重にも連携を深める。
医薬品、安全な食品、生活物資。環境の維持とリスクへの備え。
小さきもの達を守る小さき組織の集合。
資本によらず、役割に応じた「結」の思想。
雇用を生み出すことを最大目標にし、人々に役割を作り出していく。
巨大で装飾されたものなど何も必要ない。
街は、1つ1つの小さき組織で埋められ、その小さき組織が連なって構成される。
多職種連携は、医療・介護の範疇を超え、今や生活を守る全ての職種が、あらゆる業態が多職種・多事行連携を織り成す。


個人も企業もその存在を許される。
不安なく、孤立することなく、病んでも老いても暖かな共同体の中で生活できる。
得体の知れない抑圧者や既得権益者の暴挙もそこにはない。
額に汗した者達が、安心して生きていける。光がさす。
そんな、そんな街になったらいいのに。
小さき生活者を、小さき者たちの共同を許す世界観。
生活を管理ではなく、主体性を持つ本来の活動に昇華できる環境。

                                  
私は夢見てしまう。

混沌としたこの荒涼とした震災後の世界に、そんな次の世界があることを。
私達が目指す次なる世界。そんな生活空間と環境を目指したいものである。

(2012年エルフの日々より)

 

 

 あの頃を想い出すと、大きな危機を乗り越えようと必死にあがいていた自分とチームの状況が蘇る。

この7年よく乗り切ってきたと思う。よく歩き続けてきた。

震災前のチームは、医療介護制度を鑑み、自分たちの理想の追求に邁進していた。

小さな力だった。小さなチームだった。でもそれはゆっくりとした歩みではあったが着実に進んでいたと信じたい。

けれど、あの時から若しくは復興という命題に向き合わなければならなくなった時から、その歩みは根底から発想を変えなければならない事に気付き始める。

震災後乗り切ったはずの危機はその形を変え、想像を超える速度で拡がっている。

それは私たちだけの危機ではなく、私たちが暮らすこの地域の危機であり、この国の危機である。

 

 ペデルぺスは、動物として初めて水中から陸上に進出した生き物だった。

水の中でしか生きられない生物が、環境の変化から必然的に陸上に上陸しなければならなかった。

必然からか、生き残るための条件からか、とにかく彼らはその過酷な手段を選択した。

その後の世界で覇者となっていく定めではあるけれど、水中から上陸したばかりのペデルぺスは、トカゲやカエルのように醜くそして鈍重だった。

水中よりも何倍も重い重力。自分の体重を支えるだけの筋力と四肢の獲得。

鰓から楽に酸素をとるのではなく、焼けるように熱い空気を肺で呼吸しなければならない。

それまでの安住の環境から生き残るために自ら過酷な環境に挑んだ生き物。

 

大きな変革期を迎えている私たちの環境もまた、これからを未来を考えれば劇的な思考の転換を迫られているのではないか。

力なく、小さき私たちがその未来に向かう条件とはどんなものなのか。

嘗て過酷な環境に適応するために、それまでの躯体を変化させ鈍重で醜いけれど全く新しい躯体を手に入れた彼ら。

いったい私たちが水中から陸上に這い上がるためには何が必要なのか。

そんなことを考えてみたい。そんなことを愚直に実行しなければならない。

 

煙草の煙の向こうに見える風景は、光を帯び始めている。

暗闇の中に光を見い出す。明かりを灯す。そんな日々をまた追ってみようか。

 

  

  

2019.01.02 Wednesday 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) | 

木霊

 

木霊

 

誰かを責めたり、誰かを打ちたたきたくない。

あるがままの、そのままの今を見ようとしている。

それでも、この2年に何が変わったのか、自分が何をしてきたのか。

振り返ると、只々茫漠とした同じような風景の中を彷徨っている。

何処まで行っても敗戦処理。何処まで行っても満たされた例はない。

 

 

県北の某所。

激しい高齢化。跡継ぎのない田畑は作物を作るよりも、保障金をもらった方が金になる。

牛は食品基準を超えてもかまわない。全部買い取ってもらえるから。

子供の居る家庭と、居ない家庭との補償金の違い。

悲しいかなそれだけで、地域の繋がりはぎくしゃくしてしまう。

もう、二度と元には戻せない。

 


沿岸部某所。仮設の一角で。

力の限りを尽くして始めた養殖筏。でも売れない。

町に贈られた測定器。でも怖くて誰も量らない。

津波は2度来たのだ。ただ、2度目は人の起こした津波だった。

数千万の借金と共に、もう一度沈むのかもしれない。

最近、お寺と葬儀屋だけが忙しい。

 


街中某所。

仮設の横で進む再開発。

巨大で押しつぶされそうな建物群。新しい街。

生活の匂いはしないけれど、近未来を意識した大型ディスカウントスパーの群れ。

地盤沈下で悩む商店街。時代の波ではなく、人為的な波がここにも存在する。

有象無象が織りなす人間が吐き出す垢の縮図。

産廃業者が引き取りを拒む程の汚染が、ただ蓄積される。

 


都内国立某所。

放射線の影響は、そのエビデンスが確立していない以上何も言えない。

廃棄物の処理場は、地元に決めさせればいい。どうせ自分たちでは決められない。

諦めるまで待てばいい。諦めて自ら出ていけばいい。保障する金はもうないのだから。

余計な話をする下請けは即座に外される。餌を与えれば尻尾を振る連中なのだから。

東北に家族は連れて行かない。「八重の桜」のポスターの前で。

彼らが紡ぐ言葉は真実で、そして悲しい。

強大で富んで広域でそんな絶対的権力。敗戦処理だけが役目の彼らの言葉は、しかし、新しい時代には引き継がれることはない。

虚しさを背負ってただ立ち去れ。

 

 

新しい風が吹くことを信じている。

自分たちの世代が負った負の遺産ではなく、新しい価値観と新しい仕組み。

次世代には、そんな世界で生きてほしい。

茫漠とした路の先に、きっと約束された土地があるのだと信じたい。

先にその場所に気が付いたら、そこで小さな灯りを燈して待っている。

灯りに気づけない時は、小さな鐘をならそう。

誰も責めることなく、舌打ちしながら、ただ歩く。

そんな日々。

 

 

エルフの日々は今回で終了します。

新しい時代を創る人々と、いつも一緒にいるつもりです。

いつか約束の地にたどりつくことを願い。

2013.04.30 Tuesday 18:44 | comments(0) | trackbacks(0) | 

新年所感2013

 

新年所感2013

 

 

 大晦日からずいぶん眠った。疲れていたのかもしれない。

昨年は大分彷徨って歩いていた。一筋の光が見え始めた。

暖かい部屋を出て、もう一度初めからやり直すには少しの勇気が必要だった。

 

 
 フォーレストは、新しい時代を迎えようとしている。
そう実感している。

自らの脚で立てる人たちが増えた。
自らの意思を持つ人たちも増えた。

もう牽引する力は小さくていい。湧き上がる力が自然に皆を導く。

「覚悟」とは、自らが立ち上がろうとする時にするものだ。

未だ路半ばと思うならば、その先を自ら探さなければならない。

サテライトケアシステム・多職種多事業連携・専門職の独立支援。

そう、私たちはまだ路半ばである。

 

 
 昨年蝉が鳴き始めるまで、自らの執着心と向かい合っていた。

拘りに拘束され、積み上げてきたものを惜しむ。

確かな明日が見えていないのに、人はつまらないもののために動けなくなる。

数カ月の葛藤の後に、自分の内面の奥底にある深い井戸の前で立ち止まれた。

井戸の中を覗くことはしなかった。それで十分だと思った。

執着がなくなると、幾分自由になれた。

もう一度元から積み上げる勇気を持てた。

 

 
 仲間が増えていった。

夏からずっと、誰かと出会い、その一人一人と繋がっていった。

形のないものに形ができていく。

苦しみの方が大きいはずなのに、何度も嬉しくて涙が出た。

人と人とが繋がることが、こんなにも素敵なことなのだと改めて思った。

 

 
 新しい繋がりがチームになっていった。

社団法人小さき花SSS。恐らく民間初の放射線防御のための法人。
その繋がりは、国内は勿論、遠くウクライナにまで拡がっている。

(株)ケアリレーション。今までの福祉機器の物流に新しい息吹を吹き込むための会社。新しい物流網はやがて様々な形で私たちの生活の糧となる。

今年前半、2つの法人の後に続く沢山の法人やチームが生まれる。

それは、互いに繋がりあい新しい世界観を持ってこの地域を変える。

人口の少なくなった地域には集落再生プロジェクトとして、都市の問題には都市型再生プロジェクトとして、被災地には復興支援プロジェクトとして。

新しい時代に、確かな明日が見えない時代に、私たちが燈す小さな灯。

 

 フォーレストは、この地域で生きていかなければならない。

私たちもまた一人の生活者として、このプロジェクトの中にいる。

 

茫漠たる地に、確かな明日を、その存在を信じて、ただ立つ。

次世代に繋ぐ夢をこそ、今紡いでいきたいものである。

 

 

新年に際し、それぞれの健闘を祈る。

 

2013.01.02 Wednesday 18:18 | comments(0) | trackbacks(0) | 

主よ人の望みの喜びよ3

  主よ人の望みの喜びよ3


  青葉祭りに雨が降らなかった記憶がない。
バブル時代に独眼竜正宗に肖って復活した祭り。
どこか冷めた感覚になるのは、雨のせいばかりではない。
桜が終わると、仙台は一斉に新緑の季節になる。
定禅寺通りも青葉通りも勾当台も西公園も、萌黄色の季節である。
仙台の街が最も美しく映える日々。
皐月とはそんな季節だ。


 青葉祭りで賑わう街の一角で、県内放射線市民測定所4ヵ所が主催する講演会が開かれていた。
反原発やイデオロギーを振りかざす団体とは違う純粋な市民グループが、その講演会に協力した。
何もかもが、生活者たる市民の手によって開かれた講演会。
会場の中は熱気とこれからのこの地での生活を考え、そして子供達の将来を見据えようとする人々で溢れていた。
外の祭りの熱気と講演会の熱気。
そのどちらもこの地で人々が営む活動に変わりはない。
例えそのコントラストが明と暗であっても、例えその思考のベクトルが反対であっても、この地でまだ人々が生活し活動している事に変わりはない。
今年の青葉祭りは晴天であった。


 秋生大滝から上流の二口渓谷の渓魚の採取が制限された。
仙台市の飲料水供給の要である大倉ダム上流の大倉川で岩魚の採取が制限された。
山の入り口には、山菜採取を控えるよう看板が立てられている。
たけのこ、蕨、こしあぶら、たらのめ、うど、ぜんまい、こごみ。
測定所の結果は惨憺たる数値である。
露地物野菜の殆どから何らかの汚染数値が出るが、土を落とし、土に接している部分を取り去ると汚染は国際基準並みに軽減する。
何処までが安全なのか、何が危ないのか、生活者の私達は知らない。
内部被爆の権威であっても、何bqが安全なのか明確には答えない。
私達の生活を、この地での生活を確かにするために何が必要なのか。
「解らない。」と応える専門家を最も信頼しなければならない原状こそ憂いる。


 仙南に土地を購入した知人。
30年のローンを組んだのに、建設予定地の土壌汚染は放射線管理区域なみであった。
マイホームの建設が進むにつれ、ため息の回数が増える。
ハイシーズンを迎えた仙台湾。
釣り船を営む知人は、予約の電話が鳴らないことに苛立つ。
1年かけて復興させた生きる糧。
鱸も平目も根魚も皆採取に制限が出された。
怒りは、誰に向ければいいのだろうか。
親の代から引き継いだしいたけ栽培。
米作と野菜としいたけだけで生計を立ててきた。
例年より豊作で出来栄えのいいしいたけは、果たして全滅した。
出荷自粛となったからだ。


 ゴールデンウイークに被災地支援のつもりで来てくれた観光客。
帰りの高速サービスエリアのゴミ箱は、そんな被災地のおみやげが大量に捨てられていた。
ところで、捨てていった人々の住む地域が、この地よりも汚染度合いが高い事を知っているのだろうか。心無く蒙昧なる行為。
震災・津波瓦礫を九州で処理するらしい。・・意味が不明である。
震災復興は中央から資金が供給され、中央が吸収していく。何が何だか解らない。
食品放射線測定機器の性能は、行政のそれより民間の市民測定所の方が遥かに精度が高い。
環境の調査は、その手法さえ確立されていない。
最近、除染は移染と呼ばれているらしい。
巨額の費用をかけた壮絶な無駄。背景にある思考とは如何に。


 混沌に更に不純物を混入したようなこの時代。
昨年は生きることに精一杯だったけれど、実はその現実は何も変わってはいない。
確かな事は、他者に頼る事なく、自らの生活を自らが構築していかなければならない事。
道化の様な振る舞い、責任を取れない子供の様なおやじ達。
この地をこれ以上辱める行為こそ、私達生活者の敵である。


萌黄色の皐月に、ため息と歯軋りは似合わない。
明日は、笑って仕事しよう。きっと。そうきっと。

2012.05.28 Monday 21:17 | comments(0) | trackbacks(0) | 

主よ人の望みの喜びよ2

 主よ人の望みの喜びよ2


  半年ぶりに河原に立った。
先日の大潮で、鱒は河を昇り始めたかもしれない。
この時期仙台湾は、流入河川から送り込まれる雪白水で濁り、そして豊穣となる。
その豊穣の海から、健気に魚達は戻って来る。
今年の雪白は、豊穣ではあるけれど、壮絶に汚染されている。
それを知っていても、健気な彼らに会いたいのだ。

 
 仙台湾に留まらず、陸前高田までの海域の魚達から基準を超える汚染物質が検出されたことを新聞が伝える。
露地物のほうれんそうが基準を超えた。
土と水。私達の命。命の営みを汚すのは誰か。


  福島第一原発事故の後遺症は、私達の暮らしに大きく影を落としている。
1年前に考察していた状況は、あまりに甘かった。                               
既に若い世代を中心に県外に移住している人々は、相当な数に上っている。
行政発表とは裏腹に、仙台市内であっても外部被爆は年間積算1ミリシーベルトを超える。
それは、簡易測定器を持っていれば、実は誰にでも判る事実である。
土壌汚染は、場所により放射線管理区域に匹敵する。
今月より、食品基準がキロ当たり500bqから100bqに変更された。
食品内部被爆だけを考慮すれば、100bqなのだろう。
しかし、外部被爆をも考慮すれば、食品の基準はキロ当たり40bq以下となる。
何処からが危険で何処から安全なのか。安全の絶対値は誰にも答えられない。
外部被爆と内部被爆では物理的に全く性質を異にする。
ドイツの食品安全基準は、子供は4bq、大人でも8bqである。
無知であること、無関心でいること、むやみに恐れ目を背けることは将来に禍根を残す。
この地を守るために、私達の生活を守るために、今何ができるのだろう。


 通称「あんてん」。U-10が活動し始めて暫くたつ。
農業や漁業の一次産業に携わる人々は、出荷する全ての商品検査が可能である。
会費で運営される市民検査所は、商品の検査のみならず、簡易に土壌検査や環境検査を
可能にしている。
そこから得られる知見は、様々な形式で汚染対策を実現できる。
研究者がその裏づけのための根拠を示し、継続した研究が可能である。
出荷される商品は全てがキロ当たり10bq以下であり、市民測定所が保障している。
出荷された商品は、地元会員の小売店で「U-10」のブランドで販売される。
いちいち消費者が商品検査しなくても、地域の流通は守られている。
一次産業だけではなく、加工品や飲食店に於いても会員には同様の保障が為される。
一般市民も会員として参加できる。
様々な地域情報が還元されるし、不安を持ったらいつでもワンコインで測定ができる。
低被爆地域で暮らしていくためには、環境や食品に関する注意だけではなく、定期的に簡易にホールボディカウンターでの検査を要する。これも少なくとも1年に何度か検査できる体制が取られている。
子供達や妊婦だけでなく、定期的に安全な地域でのリフレッショローテーション(保養)
のサービスも受けられる。
この連休と今年の夏休みは十和田や青森で過ごす予定である。
地域には、小さいけれどU-10の事業所が沢山あり、そこが情報やサービス提供の主体になっている。
全ては、この地で生活する人々がU-10会員となって連結し、市民や企業が様々な連結を
結んだ形で問題に対処している。
間もなく、U-10福島とU-10関東ができる。
東日本皆がその地域で生活してくために必要な条件を共有し、発展させる。
この地で生活できないのは、放射能汚染でもなければ風評被害でもない。
人々が、主体的に生活者としての役割を果たさないことにこそ、その理由がある。


 私は夢見てしまう。
そして、もしかしたら間に合わないのかもしれないと不安にも思う。
間もなく、小さな「U-10」が始動する。
鱒達は、今年も子孫を残すためにあの海から遡上する。
不安を押し込めるために、私は河原に立つのかもしれない。
まだ、膝を着くわけにはいかないのだ。

2012.04.09 Monday 16:12 | comments(0) | trackbacks(0) | 

主よ人の望みの喜びよ

 主よ人の望みの喜びよ



  あの日をメモリアルにするには、未だ傷が癒えていない。
痛みは形を変えて存在するし、その最中に語られる言葉はどれも軽すぎる。
定かならざる明日は、意識の根底に不安を与え、身体に鞭を打つ。
抽象化された希望に意味はなく、具体的行動の中にしか光はない。


託すしかないのだ。
夢を託すしか手立てはない。


  医療保険や介護保険がその一部しか使えなくなって久しい。
高額の自己負担に、本来必要な医療や介護は滞り、旧来の医療機関や介護保険事業所は破綻するものが少なくない。
激しすぎる人口動態に、社会は為す術なく、途方に暮れた。
一部の高額所得層だけが最先端医療の恩恵を受け、手厚いしかし出来合いの介護サービスを受けることができる。
まるで1世紀ほど昔に戻ってしまったような世界。
元々、人口の4割超の医療や介護を社会が引き受ける事など不可能だったのだ。
加えて、福島第一原発から放出された放射性物質の影響で、人々が健康を害したり、産業の滞りから地域の経済は大きく後退を余儀なくされている。
本来必要な医療や介護は、量的にも質的にも担保する保障を失っている。

                        
家族が分断され、個としての生活が当たり前の時代。
既にここ数十年で、そんな生活様式を当然とした社会が眼前に拡がっていた。
人は病めば職を追われ、小さき家族の背に負われるしかない。
小さき家族はやはり社会性を失い、光を失くす。
家族・家庭の定義そのものを変えなければならない。失うものが大きすぎる。


  共同で生活する彼らにとって、家庭は個であるが、生活は個ではない。
小さいけれど個を保障する代わりに、相互に役割を担う。
建物に囲まれた共有スペースでは、車椅子の老人が小さな子供達を視ている。
若い共働き夫婦が帰るまで、共有スペースで過ごす血縁のない老人と孫。
嘗て3世代4世代が暮らした大きな旧家の様相がそこにある。
今夜の晩御飯の担当は、今日が休日のお母さんで、同じ共有スペースで車椅子の子供を視ながら料理している。
ここに来て、夜勤に出るために子供たちを置いて出かけなければならないことなどなくなった。
老人も子供もなく、健常も障害もなく、共有される生活と役割。


朝になると、隣接する療養看護のスタッフがベットごと若しくは車椅子ごと皆を連れて行く。
夕方には迎えにくればいい。痛みなく、不安のない重度の病める人々。
夜中に何か起これば、皆が心配し、皆が最善を尽くしてくれる。
独りで最後を迎える残酷さから隔絶された安息の夜。


歩くための訓練ではなく、もう一度誰かの役に立つためにリハビリに励む人々。
PCを片手で操作できるよう工夫する作業療法士。
覚えた操作で、この共有生活の様子を外の世界に発信する。
賃金によらず、夫々が夫々の役割を持ち寄り、工夫して共同の生活を守る。
介護とは、実は与えられるものではなく、自己を含めた周囲の人々との関わりなのだと気がつく。


企業は、小さな共同生活を守るために何重にも連携を深める。
医薬品、安全な食品、生活物資。環境の維持とリスクへの備え。
小さきもの達を守る小さき組織の集合。
資本によらず、役割に応じた「結」の思想。
雇用を生み出すことを最大目標にし、人々に役割を作り出していく。
巨大で装飾されたものなど何も必要ない。
街は、1つ1つの小さき組織で埋められ、その小さき組織が連なって構成される。
多職種連携は、医療・介護の範疇を超え、今や生活を守る全ての職種が、あらゆる業態が多職種・多事行連携を織り成す。


  個人も企業もその存在を許される。
不安なく、孤立することなく、病んでも老いても暖かな共同体の中で生活できる。
得体の知れない抑圧者や既得権益者の暴挙もそこにはない。
額に汗した者達が、安心して生きていける。光がさす。
そんな、そんな街になったらいいのに。
小さき生活者を、小さき者たちの共同を許す世界観。
生活を管理ではなく、主体性を持つ本来の活動に昇華できる環境。

                                  
私は夢見てしまう。
混沌としたこの荒涼とした震災後の世界に、そんな次の世界があることを。
私達が目指す次なる世界。そんな生活空間と環境を目指したいものである。

2012.03.19 Monday 11:37 | comments(0) | trackbacks(0) | 

西本町のおやじの唄

 西本町のおやじの唄


「やるなら今しかねえ。やるなら今しかねえ。」


サンレイガイガーの垢抜けないスイッチを入れると、チーちーチーって鳴く。
テレビの脇に置いた線量計は、今日も結構な数字を出している。
その数字を見て、舌打ちしながら今日も変わらぬ一日を感謝する。
変わらぬ事がどんなに安心か。
自分が何処に立っているのかがよく分かる。


「代表の話を聞いていると心配で眠れなくなる。」
そんなこと言われた夜。
「そうだよな。」って呟く。
皆何か不安を抱え、それでも精一杯毎日を送っている。
もう十分だし、人のことなんか知ったことかと嘯いてみる。
でも、でもだめなんだよな。
何がなんでも皆を守りたいんだよな。必要とされた時に知らねえよって言いたくない。
大丈夫だよって、何があっても準備はできてるって言ってやりたい。
これからを紡いでいく世代。次世代を育む君達を守りたい。
それが、この地を守るということ。


「やるなら今しかねえ。やるなら今しかねえ。」


あんたはさ金髪のフランス人だから許されるんだよと、もう何度背中に言ったか。
子供達が流された小学校の前でシャッターを切る彼を、俯いてサポートした日。
「昨年から福島はフクシマになりました。」友人からの皮肉に満ちた年賀状。
じいちゃんととうちゃん置き去りにして、3代目は九州に移住した。
「ここじゃ農業やってられない。これから食っていけない。」奴の言い分。


来年度の制度改定。政府は被災地に限り「訪問リハステーション」を認めるとか。
長年の悲願に、業界は組織ごと張り切っている。
知っているのだろうか。無人の荒野に訪問車を走らせる虚しさを。
知っているのだろうか。仮設で暮らす人々のことを。
行政と医療法人に支配された顧客争奪戦の地を。
知っているのだろうか。
でも、やるなら今しかねえだろうな。そんな地域にこそ根を生やせる専門職集団である事の証明。 「やるなら今しかねえ。やるなら今しかねえ。」


だからさ、酵母とか細菌とかじゃセシュウムなくなんないんだよ。
聞き分けないけど、何としてでも農地を復活させたいまっすぐ目の農業おやじ。
「白魚からさ。今年は白魚からなんだ。」網の目紡いで目を細める漁師のおやじ。
「売れないんだ。ほんと売れねえ。」魚屋のおやじ。
笑って「それなら俺が売れるようにしてやるよ。」ってすし屋のおやじ。
誰もが正直で、誰もが真面目に生きている。頭が下がる。


既得権を振りかざし、小ざかしい自己誘導理論で皆を誤魔化すおやじ達。
小さき者達を笑い、踏みつけて、人を嘲笑うおやじ達の顔など見たくもない。
訳知り顔のあんた達に、何が分かるのか。
「日本も今じゃくらげになっちまった。」


「やるなら今しかねえ。やるなら今しかねえ。」


定かならざる「明日」を創るために歩いている。
無駄あしと空振りの連続だけど、それでも種をまく。
うれしいことが偶にある。それがいけない。またがっかりするからだ。
もうすぐ準備が整う。何があっても安心できる環境とその仕組み。
盾の準備ができれば、矛を研げる。
平成24年度は、もうすぐそこにある。


「やるなら今しかねえ。やるなら今しかねえ。」

2012.02.10 Friday 21:24 | comments(0) | trackbacks(0) | 
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